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那覇地方裁判所沖縄支部 平成4年(ワ)203号 判決

原告

大村吉光

右訴訟代理人弁護士

照屋寛徳

右訴訟復代理人弁護士

古謝剛男

被告

右代表者法務大臣

前田勲男

右指定代理人

久場兼政

石原淳子

屋良朝郎

長友三郎

池宮城秀好

平良栄繁

嶺井松繁

新里光雄

呉屋幸栄

高良喜三郎

東恩納寛幸

新垣淳市

志良堂清平

主文

一  被告は原告に対し、金一万二六四六円及びこれに対する平成三年九月一三日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  担保を条件とする仮執行免脱の宣言

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、平成三年七、八月当時、沖縄に所在する米軍基地に常用従業員として勤務し、在日米空軍第一八設営群住宅営繕修理課(以下「修理課」という。)において電気工(予防的維持作業)として稼働していた者である。

被告は、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定」(以下「地位協定」という。)一二条四項に基づいて日本国とアメリカ合衆国との間に締結された基本労務契約(以下「基本労務契約」という。)の定めるところにより、原告その他の在日米軍基地従業員の法律上の雇用主の地位に立つ者である。

2  原告は、平成三年七月三〇日、修理課の米国人監督者L・E・スミス(以下「スミス」という。)に対し、同年八月二日に年次休暇を行使したい旨の休暇願を提出し、もって年次休暇の時季指定をした(以下「本件時季指定」という。)。ところが、スミスは、「ワークロード(一定の期間内に達成することを予定している仕事量)」を理由に右休暇願を不許可とし、もって年次休暇の時季変更権を行使した(以下「本件時季変更権行使」という。)。そこで原告は、同月一日、スミスに対し、重ねて、同月二日に年次休暇を行使したい旨の申入れをしたが、スミスはこれを拒絶した。

3  原告は、先に時季指定したとおり、平成三年八月二日に年次休暇を行使したところ、これを欠勤と処理され、同年九月一二日、同日支給の同年八月分給与から、同月二日の無断欠勤八時間分に相当する賃金一万二六四六円を減額された。

4  前記2のとおり、スミスは「ワークロード」を本件時季変更権行使の理由としたが、実際には、原告が平成三年八月二日に年次休暇を行使して仕事を休んでも、修理課の業務執行には何らの支障も生じず、代替従業員を確保する必要さえない状態であったから、本件時季変更権行使は合理的理由のない違法なものであり、したがって、前記3の原告に対する賃金減額は違法である。

5  よって、原告は、被告に対し、賃金支払請求権に基づき、平成三年八月分賃金のうち未払金一万二六四六円及びこれに対する右賃金の支給日の翌日である同年九月一三日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否及び被告の主張

1  請求原因1の事実は認める。

2  同2の事実は認める。

ただし、原告が、再度、年次休暇の申入れをしたのは平成三年七月三一日のことである。

3  同3の事実は認める。

なお、原告の平成三年八月二日の欠勤が適法な年次休暇の行使であることは争う。

4  同4の事実は否認する。

三  抗弁

1  本件時季変更権行使の適法性

(一) スミスは、平成三年七月三〇日、原告から提出された休暇願(本件時季指定)につき、右時季指定日の同年八月二日における修理課業務の繁忙及び代替要員の確保の困難から、これを承認できないと判断し、原告の直接の上司(修理課建物保守作業工職長A)である与那覇栄蔵(以下「与那覇」という。)を介して、原告に対し、年次休暇の行使日を変更できるか否かを尋ねた。

またスミスは、同年七月三一日、右休暇願(本件時季指定)の件で原告と面談した際、原告の休暇願を許可できない理由は「WORK LORD(ワークロード)」である旨を原告に告げたところ、原告は「私は賃金カットになっても休みます。」と言い放って一方的にスミスとの面談を打ち切った。このため、スミスは代わりの日を原告に提示することができなかった。

(二) 本件時季指定の日である平成三年八月二日当時、原告の所属する修理課の業務は、米軍人の人事異動時期に施工される基地内住宅の補修工事に加え、同年七月末の台風の被害による基地内住宅のサービスコール(緊急修理要請)が約一〇〇件あったため、繁忙を極めていた。しかも、修理課は在日米空軍人事部から人員の圧縮を求められていたため、新たな人員の確保は困難であった。また他の部署から代替要員を組み替えることも、修理課全体の作業予定の変更ひいては業務の遅滞を招くため、困難な状況であった。

よって、本件時季変更権行使は適法である。

2  信義則違反

(一) 原告は、平成三年(暦年)において、八時間勤務日二〇日の年次休暇を有し、これを別紙「平成三年年次休暇行使状況」(以下「別表」という。)記載のとおり行使したものであるが、右暦年の一九日目及び二〇日目(いずれも本件時季指定に係る同年八月二日分を除いて数えたもの)の各年次休暇を同年一二月二三日、同月二四日にそれぞれ行使した。

(二) 原告が本件時季指定に係る同年八月二日分の年次休暇を適法に取得したとすると、別表によれば同年一二月二三日が右暦年の二〇日目の年次休暇となり、原告はもはや同月二四日に年次休暇を行使することはできなくなるはずである。すなわち、原告が同月二四日に右暦年の二〇日目の年次休暇を行使するには、その前提として、原告が本件時季指定に係る同年八月二日分の年次休暇を取得していない(本件時季変更権行使が適法である)ことが不可欠である。そこで、原告が同年一二月二四日に年次休暇を行使したことは、本件時季変更権行使が適法であることを前提とし、これを承認したことを意味するものに他ならない。被告としても、原告が本件時季変更権行使の適法性を承認したものと信頼したからこそ、同日分の年次休暇を承認し、同日分の賃金を支給したのである。

したがって、本件時季変更権行使の違法性を前提とする本訴請求は、右(一)の原告自らの先行行為に矛盾し、信義則に違反する。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1(一)、(二)の各事実は否認する。

2(一)  抗弁2(一)の事実は認め、同2(二)の事実は否認する。

(二)  原告は、平成三年一二月二四日に右暦年最後の二〇日目の年次休暇(本件時季指定に係る同年八月二日分はこれに含まれていない。)を行使した際、それまでに取得した年次休暇の日数を誤って記録していたため、同年一二月二四日分を一九日目の年次休暇と勘違いしたものである。

原告は、同人に対する年次休暇の不許可処分(本件時季変更権行使)及び賃金減額の違法性を訴えて、被告の機関委任事務を担当するコザ渉外労務管理事務所や沖縄県知事に抗議するなど、本訴提起直前の平成四年四月ころまで団体交渉を続けており、本件時季変更権行使が適法であることを承認した事実は全くない。

また、原告が、本件時季指定に係る同年八月二日分の年次休暇を適法に取得した場合、その結果として同年一二月二四日分の年次休暇を有効に取得できないことになるかどうかは、本訴請求の当否とは別個の法律問題にすぎない。

なお、原告は、平成六年八月三一日、同三年一二月二四日分の賃金一万二六四六円及びこれに対する遅延損害金一六四二円の合計一万四二八八円を供託した。

第三証拠

本件訴訟記録中の書証目録及び証人等目録の記載を引用する(略)。

理由

一  本件時季変更権の行使は適法か

1  請求原因1、2(ただし、原告が、再度、年次休暇の申入れをした日が平成三年八月一日であるという点を除く。)及び3の各事実は、当事者間に争いがない。

2  右1の争いのない事実に加え、(人証略)の結果及び弁論の全趣旨を総合すれば、次のとおりの事実が認められる。

(一)  原告は、平成三年七月三〇日、スミスに対し、与那覇を介して、本件時季指定をしたが、スミスは、右休暇願を承認せず、与那覇を介して、原告に対し、ワークロードを理由とする本件時季変更権を行使した。そこで原告は、同年八月一日、スミスに対し、同月二日に年次休暇を行使したい旨の申入れをしたが、スミスは「アイ セイノウ(I say no)」と言ってこれを聞き入れなかった。

なお、スミスは、原告に対し、同月二日に代わる日の提示をしていない。

そして原告は、先に時季指定したとおり、同月二日に年次休暇を行使したところ、本件時季変更権行使を理由にこれを欠勤と処理され、同年九月一二日、同日支給の同年八月分給与から、同月二日の無断欠勤八時間分に相当する賃金一万二六四六円を減額された。

(二)  例年、米軍の異動時期である七、八月には基地内住宅(軍人、軍属の住居)の補修工事が集中し、また平成三年八月二日当時、同年七月末に沖縄を来襲した台風のため修理課の担当する多数の基地内住宅が被害を受け、これによるサービスコールが約一〇〇件あったが与那覇(修理課与那覇班班長)は、前日に同年八月二日分の同班の仕事を割り振った際、同日に原告が休んでも同班の予定業務の遂行上代替要員を用意する必要はないものと判断し、実際にも、同日に与那覇班の予定業務量は、原告がいなくても全く支障なく遂行された。また与那覇班で原告以外に同日に年次休暇を行使した者はなく、同班班員の内で、原告が同日に年次休暇を行使したことに対して苦情を言う者はいなかった。

3  在日米軍に勤務する従業員の年次休暇等の適用規定について

在日米軍の需要に係る労務が提供された場合における賃金及び諸手当に関する条件その他の雇用及び労働の条件、労働者保護のための条件並びに労働関係に関する労働者の権利は、相互間で別段の合意をする場合を除くほか、日本国の法令の定めるところによる(地位協定一二条五項)。

そこでまず、日本国の法令(労働基準法)が年次有給休暇について定めるところをみると、年次有給休暇の権利は、同法三九条一項及び二項の要件の充足により法律上当然に生ずるものであり、労働者がその有する年次有給休暇の日数の範囲内で始期と終期を特定して休暇の時季指定をしたときは、客観的に同条四項ただし書所定の事由(請求された時季に有給休暇を与えることが事業の正常な運営を妨げる場合)が存在し、かつ、これを理由として、使用者が適法な時季変更権の行使をしない限り、右指定により年次有給休暇が成立し、当該労働日における就労義務が消滅するものである。

次に、在日米軍勤務従業員の労働条件等に関する日本国、アメリカ合衆国相互間の合意である基本労務契約が年次休暇(年次有給休暇と同じ)につき定めるところをみると、第七章(休暇)A節(年次休暇)5b(休暇の変更)は、「監督者は、従業員が指定した日に休暇を使用することが、当該機関の任務遂行の妨げとなるような場合においては、その休暇の日を変更することができるものとする。この場合、監督者は、両者の合意を条件として代わりの日を提示するものとする。」と定めている。

4  そこで、本件時季変更権行使の適法性につき判断するに、前示2の事実によれば、原告が年次休暇の時季指定をした平成三年八月二日当時、基地内住宅の補修工事が集中する時期にあたり、またサービスコールも多数あったものの、右当日、原告の所属する与那覇班においては、原告以外に休暇による欠務者はなく、原告に代わる要員がいなくても予定の業務量を全て支障なく、かつ無理なく遂行している。したがって、原告の同日の労働が同班の業務の運営にとって必要不可欠であったということはできず、また、スミスは、原告に対し、同日に代わる日の提示もしておらず、本件時季変更権の行使に適法な事由が存したとは認められない。

二  信義則違反について

1  抗弁2(一)の事実は当事者間に争いがない。

2  右1の争いのない事実に加え、いずれも成立に争いのない(証拠略)及び弁論の全趣旨を総合すれば、(1) 原告が、平成三年(暦年)において、同年一月一日に取得した八時間勤務日二〇日の年次休暇を別表記載のとおり行使したこと、(2) 原告は、同年一二月二四日に年次休暇を行使する際、右年次休暇が右暦年の二〇日目(本件時季指定に係る同年八月二日分を除いて数えたもの)にあたり、右年次休暇の行使により、同年八月二日分以外に二〇日分の年次休暇を行使する結果となることを認識していたこと、(3) 原告は、本件時季変更権行使がされた後、継続して本訴提起直前の平成四年三月末ころまで、本件時季変更権行使及び賃金減額の違法性を訴えて、被告の機関委任事務を担当するコザ渉外労務管理事務所や沖縄県知事に抗議するなどして、団体交渉を続けていたことがそれぞれ認められ、原告本人尋問の結果中、右(2)の認定に反する部分はにわかに措信することができず、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。

3  右2の事実によれば、原告は、平成三年一二月二四日に年次休暇を行使する際、同年八月二日分以外に右暦年の二〇日分の年次休暇を全て行使したことになることを認識していたが、本件時季変更権が行使された後、継続して抗議行動をしていることに照らせば、右年次休暇行使の際に、原告に本件時季変更権行使の適法性を承認する意図があったものとは認め難い。

同年一二月二四日当時、本件時季変更権行使の適法性に関する紛争(同年八月二日分の年次休暇を適法に取得したか否か)は未解決であり、その結果、同年一二月二四日に右暦年二〇日目分の年次休暇を行使することができるか否かもまた不確定な状態にあったことに鑑みれば、同日の時点では、暫定的に、事後的な清算関係を前提として、右暦年二〇日目分の年次休暇を行使して同年八月二日分以外に二〇日分の年次休暇を全て取得した上、本訴において、本件時季変更権行使の違法性を主張し、賃金の支払請求をすることが信義則に反するとはいえない。

なお、原告は同年八月二日分の年次休暇を適法に取得しているから、同年一二月二四日分の年次休暇を取得することができなかったことになり、支給ずみの同日分の給与については不当利得に基づく返還義務が生ずるが、この点は本件時季変更権行使に基づく法律関係とは別個の問題である。

三  結論

以上によれば、原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用し、仮執行免脱宣言はこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 原田保孝 裁判官 片田信宏 裁判官 加島滋人)

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